【レビュー】ゲーム「サイレントヒル2」 亡き妻の影を追い、霧の煉獄に迷い込んだ男の物語

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 今回は、「サイレントヒル2」というビデオゲームについて書いてみたい。ゲーム本編も中々怖くて楽しいが、物語の部分が特に好きなので今回はそちら中心で書いていくつもりだ。

 

 

 

本文 約12000字 読了目安 約25~35分

 

 

 

1.「サイレントヒル」というビデオゲームシリーズについて

 ビデオゲーマーなら遊んだことはなくとも名前だけは聞いたことがあるかもしれないが、ゲーマーじゃない人に向けて説明しておく。

 

 「サイレントヒル」とは1999年に1作目が発売されて以降、いくつも続編が作られてきた人気ホラーゲームシリーズだ。一作目の出た少し前に「バイオハザード」というゾンビゲームの金字塔が現れて大ヒットした。ゲームシステムやジャンルが似ていることから、商売を考えれば本作は二匹目のドジョウを狙って作られたものだろうが、結果的には上手く差別化することに成功して独自の魅力を持つゲームを生み出すことに成功した。

 

 大雑把に「バイオハザード」をパニック系、びっくり系な怖さとすると、「サイレントヒル」は心臓を締め付けられるような精神的恐怖、嫌悪感を追求している。今でも一番怖いホラーゲームの一位争いに必ず食い込んでくる程度には、その恐怖表現は遊んだみんなのトラウマとなっている。

 

 「サイレントヒル」は恐怖表現の秀逸さばかりが目立ちがちだが、その物語や世界観、美術も非常に魅力的だ。特に「サイレントヒル2」という作品の持つ寂しげな雰囲気には何とも言えず心惹かれてしまう。私が一番好きなのもこの2作目だ。

 

 ゲームの舞台、霧に包まれたサイレントヒルの町同様に、作品自体も非常におぼろげで、一見しただけでは全ては分からない。語られないままのことも多く、プレイヤーに解釈の余地を残す。ゲーム自体はホラージャンルになるが、「2」の物語はどちらかといえばミステリーに近い。非常に内省的な文学作品にも思える。サイレントヒルブランドの初期シリーズと言える1~4までのタイトルを見ても、2は独特な作品だと思う。1,3,4はオカルティックな要素が強いのに対し、2は心理的な要素が強い。なので「2」はサイレントヒルの世界観を利用した外伝作品のような感もある。

 

 余談だが、この作品の「サイレントヒルSilent Hill)」というタイトルの決定過程が少し面白い。構想段階で静岡の熱海みたいな観光地を舞台にした作品にしようとしていたので、企画書に載せる仮のタイトルを「静岡」をもじって「Silent(静かな)Hill(丘)」とした所、思いのほかホラーに似合う雰囲気の言葉になったためそのまま本タイトルに採用されたらしい。

 

 思えば来年で20周年となるこのシリーズは現在までに正当な続編と言える作品だけで1、2、3、4、0、ホームカミング、シャッタードメモリーズ、ダウンプアなど多くの作品が作られてきた。1~4までが国内の制作スタッフで作られたもので、その後のシリーズは海外のスタジオで作られたものだ。そのため、前者と後者では作風も少し違う。私が遊んだことがあるのは、1、2、3、0、ホームカミングだがその中ではやはり2が好きだ。海外製の作品は脚本が優れたものが多く、シャッタードメモリーズとダウンプアはサイレントヒルシリーズの看板を下ろしてオリジナル作品にしても通用するくらいよく出来たストーリーだと思う。

 大ヒットのドル箱とはならずも細々と続いてきた本シリーズだが、現在はというと色々いざこざもあり続編は企画倒れになってしまった。正直シリーズの未来は暗い。もしかしたら10年後、20年後にはサイレントヒルというゲームを知らないゲーマーも出てきてしまうかもしれないのは、寂しい限り。

 

 

 

2.「サイレントヒル2」の背景世界

  今回はシリーズの2作品目、そして後に完全版としてミニストーリーが追加された「サイレントヒル2:最期の詩」について主に書いていきたい。まずは「2」の背景世界の説明から。

 

 上述した通り、サイレントヒル2は少し変わった立ち位置の作品で、他のナンバリングタイトルとのストーリー上の直接的繋がりはなく、あくまで物語世界を共有しているだけに留まる。1、3はアレッサという女性の物語であり、1,3,4まで含めると町に存在する教団組織を取り巻く物語である。2はそのどれにも属さず、オカルトや教団は表立って目立たずに「サイレントヒル」という架空の町だけをその舞台として共有している形になる。

 

 以下サイレントヒルという舞台の設定について長々と書くが、「2」を理解するのには実はそれほど要らない知識ではある。取りあえず抑えておけば良いのは、サイレントヒルは元々神秘性を帯びた特殊な土地で、過去の様々な出来事を経て曰く付きの怪奇スポットに成ってしまっているということ。そして本作はそこに迷い込んでしまった人々の物語だということ程度だ。

 

 「2」の舞台はアメリカのサイレントヒルという架空の田舎町だ。この場所は「1」の舞台でもある。この町はトルーカ湖という大きな湖の周りに町並みが形成されている地理で、「1」の主人公はその北側の方を、「2」の主人公は南側の方を走り回ることになる。文字通りに地図片手に走り回るのでマラソンゲーとも言われる。

 

 物語上の設定として、サイレントヒルという町がある土地はネイティブアメリカンが住んでいた時代から神聖な力が宿る聖地とされてきたという歴史を持っている。その後に白人がネイティブアメリカンを追い出して入植してサイレントヒルを作る。しかし、伝染病が流行り一度町は棄てられる。流刑地として再入植して刑務所が建てられ、時が経つと炭鉱が見つかり炭鉱町として栄える。その間にも伝染病が流行り病院などが建てられる。炭鉱町としても寂れると今度は観光地として再出発しようとするが、湖では観光船が突如として消え、町では人が急死したり神隠しに遭うなど、不可解な事件が頻発して町の観光地としての評判も落ちてしまう。物語の時系列上の現在、サイレントヒル1の物語の始まりはこの辺りからだ。サイレントヒルという町にはざっとこんな歴史がある。

 

 作中で明確には示されないが、怪奇事件が起きるのはサイレントヒルが元来神聖な力を持つ特殊な土地であり、ネイティブアメリカンの迫害や、受刑者、伝染病で死んだ者などの怨念によりそれの力の性質が徐々に歪められていったためらしい。

 

 そんな中、「1」では町に存在する秘密教団がアレッサという超能力者の女性を受け皿にして自分たちの崇拝する神を現世に降ろそうとする。アレッサは神のようなものを内に宿したせいで不死の身体となり、致死的な火傷を負ったにも関わらず死ぬことができぬまま生き続けることになる。そのアレッサが苦痛と悪夢の中で生み出したのが、「1」の主人公ハリーが娘を探して彷徨うことになる地獄の様に成ったサイレントヒルの町だ。ハリーによりアレッサの中に居た神のようなもの(その実恐らくは悪魔的な何か)は倒され「1」の物語は終わるのだが、どうやらこの時のアレッサの力によって町の力はさらに大きく歪んでしまったらしく、その歪んだ状態のサイレントヒルにある一人の男が迷い込んでくるのが、「サイレントヒル2」の物語というわけだ。

 

 このように「2」は「1」のオカルト要素を下敷きにしてはいるが、その他の作品が他人が生み出した悪夢に巻き込まれる形が多いのに対し、本作はあくまで自分の内面が具現化したものと対峙していくと言う点で大きく異なり、サイレントヒルという町の役割も少々変わってくる。

 

 

3.「サイレントヒル2」の物語

 本作の基本的なストーリーは、ジェイムスという男のもとに3年前に病死したはずの妻から手紙が届き、それを頼りに二人の思い出の地であるサイレントヒルへと妻を探しにやって来るというものだ。しかしいざ町に入ってみるとそこには恐ろしい怪物が跋扈し、地獄のような世界が広がっていた。主人公であるジェイムスの目的は愛する妻メアリーを見つけることにある。なればこそ、ジェイムスは怪物だらけの恐ろしい町を彼女に会いたい一心で果敢に進んでいくというわけだ。

 

 どうして3年前に死んだはずの妻から手紙が届いたのか、そして町を彷徨う中出逢う妻メアリーに瓜二つの女性マリアという存在、自分を襲ってくる怪物や不死身の大男、多くの謎に混乱しながらも、妻を探して町を彷徨い歩くうちにジェイムスは徐々に真実に近付いていく。そして物語の終着である思い出のホテルの一室に辿り着いた時、彼は全てを思い出すことになる。

 

 物語の中にはジェイムスと同じく町に迷い込んでしまったアンジェラとエディーという二人、そして何故か怪物のうろつく町を平気で歩き回れる少女ローラという脇役が居るが、ストーリーの中核となるのはジェイムス、妻メアリー、マリアの三人だ。よってこの3人について主に書いていく。

 

 

 ここからは物語の核心に入っていきたいと思う。ネタバレも含んでいくことになるので、プレイ予定の方は注意。

 

 妻を探す夫の物語というのは本作の表向きの姿であり、全てが明らかになり物語を覆う霧が晴れた時、実は今までの全てはジェイムスが自身の深層心理の奥深くに潜りながら失われた記憶を取り戻す旅だったのだと気付くことになる。

 

 ジェイムスが取り戻した真実の記憶は、実際は妻メアリーは3年前に病死したのではなく、ごく最近に自分が殺してしまっていたのだということだった。

 

 彼女から届いた手紙というのは、メアリーが生前にジェイムスに書いた手紙の書き出しの部分で、自分の死後に遺言としてジェイムスに読ませるためにしたためたものだった。ジェイムスが作中で持っていた手紙は実際の手紙の冒頭部分だけが書かれた空想の産物で(作中では真実に近付くたびに徐々に消えて無くなってしまう)、彼はそれのせいで妻がサイレントヒルで自分を待っているという歪んだ認識を抱くに至ってしまった。何らかの形で記憶障害が起きてしまったのだろう。

 

 そしてジェイムスが町の中で戦ってきた怪物達や歪んだ町の姿というのは、彼自身の深層心理が投影され、町の持つ歪んだ力でそれが具現化されたものであり、彼以外には見えないものだった。そのため町の中を一人で歩き回る少女ローラには何の影響もなかった。怪物達の姿は彼の内に押さえ込んだ劣情や妻を殺めてしまったことへの罪悪感の現れだった。そのことに彼が気付いた時、今まで執拗に自分のことを追いかけてきた処刑人の怪物はおののき、ついには自害して果ててしまう。それはジェイムス自身の誰かに罰されたいという無意識の願望が消え、もはや処刑人は必要なくなったからだった。

 

 妻にそっくりの女性マリアもまた、ジェイムス自身が病弱な妻に求めた理想の姿、いわば妻の偶像であり、また虚像でもあった。ジェイムスがそのことに気付いたあと、彼はもはやマリアを必要としなくなるが、それに反発したマリアはジェイムスに襲いかかり(これもジェイムスの自罰意識の反映かもしれない)、ジェイムスは自身の手で妻の偶像に止めを刺す。

 

 最後にジェイムスは亡き妻の面影と向かい合い、本物の手紙を読むことで彼女の真意を知ることになる。

 

 その後にジェイムスが取る行動には、複数の結末がある。これは本作がマルチエンディング制をとっているからだ。いずれのエンディングも、ジェイムスの思いが表れたものとなる。

 

 作品内での描写を踏まえて考えるに、本作でのサイレントヒルという町は歪んだ鏡のようなもので、訪れた人間に自分自身の内心と対峙させるという役割を果たしているように思う。迷い込んだ罪人の深層心理を怪物や奇妙な町の姿として映し出し、逃れられない形で彼や彼女に突きつける。命を奪いに来る怪物との戦いは、ジェイムスが自分自身の自殺願望と生きようとする意思の間で揺れ動いているのだと解釈できるし、彼の内的葛藤そのものだと言うことも出来る。作中では難解な謎解きをしたり、不可思議な構造の建物をあり得ないほど奥へ潜っていったりするが、これもジェイムスが自分の深層心理に潜っていこうとしている意識の表れだと解釈できる。

 

 宗教用語としては正しくないかもしれないが、「2」におけるサイレントヒルという町は生と死の間の世界、現世と天国の間の世界である煉獄(れんごく)のようなものではないかと思っている。おどろおどろしい悪夢のようなビジュアルは地獄にも見えるが、煉獄と考える方がよりしっくり来る。

 自殺願望を持ってやって来たジェイムスにもう一度彼自身の罪と対峙させ、それにどう向き合うかで彼に審判が下される物語なのだと考えることもできるかもしれない。ジェイムスは自殺願望を持ってサイレントヒルに足を踏み入れた時点で半分死んでいるようなものだ。キリスト教において死後、完全な悪人は地獄に堕ち善人は天国に昇る。しかしそのどちらでもなかったジェイムスは煉獄に迷い込み、自分自身の罪を巡る旅をしなければならなかったと考えることもできる。

 マルチエンディングによってジェイムスの結末が変わることからも、サイレントヒルに来た時点で彼の運命が決まっていた訳ではなく、あくまでもジェイムス自身が罪とどう向き合ったかで結末が決まるということだと私は解釈した。

 

 以上のような点から、私はこの物語を極めて内省的な物語だと思った。ホラーゲームというのは大抵幽霊や怪物、ゾンビなどの外敵脅威と戦ったり、それから逃げたりするものが多いのだけれど、本作のような自分自身の深層心理と向き合うというものは珍しく、やはり本作は「サイレントヒル」シリーズのみならずホラーゲームとしても独特の立ち位置にある作品だと思う。

 

 

  

4.ジェイムス

 ストーリーの核心については既に紹介したので、それぞれの主要人物について語っていきたいと思う。まずは主人公ジェイムスについて。

 

 作中の時点で彼は年齢29歳で、職業は事務員とある。職業や風貌から平凡な男性という感じを受ける。年齢に似合わずやや疲れ気味な表情なのは病の妻を持っていたからだろうか。妻メアリーの方は25歳とあり、これは3年前に死亡した時点の年齢だからジェイムスとは恐らく1歳差だろう。現実には3年前ではなく最近まで生きていたので、本当のメアリーは28歳なのか、それともジェイムスが26歳なのかもしれない。

 

 年齢から推測するに、恐らく二人は在学中か卒業後間もなく結婚し、子供を宿す前にメアリーが発病してしまったものだと思われる。それから妻を殺めてしまうまでの間、ジェイムスは仕事をする傍ら、妻を看病しながら生きてきたのだろう。若い夫婦にとってあまりにも不幸な境遇ではある。作中に現れる性的衝動を表現したような怪物は、ジェイムスのメアリーへの満たされない思いの具現化であり、拘束されたような姿の怪物は、彼から見た病床の妻への哀れみが表出したものだろう。出てくる怪物達は全てジェイムスのメアリーに対する何らかの感情を表現したものであり、ジェイムスがメアリーにどれだけ心を傾けていたかが分かる。妻への様々な思いを内に秘めながら、メアリーが病で苦しむ間、ジェイムスも日々苦しんでいたのだろう。

 

 作中では自分が殺してしまったという罪悪感から逃れるため、3年前に妻が病死したと勘違いしているジェイムスだが、この3年前というのは恐らくメアリーの病が発症した日か、症状が悪化して入院生活を余儀なくされた頃なのではないかと思う。彼にとっての愛する「健康で美しい妻」が死んでしまった日、それが3年前のいつの日かであり、病の進行と共に心の弱っていく妻を目の当たりにする中で、ますます彼はかつての妻はもういないという思いを強くさせていったのかもしれない。

 

 ジェイムスは結果としてメアリーを殺すのだが、それが看病を苦にした、単なる苦しみから逃れるためのものだったのかと言うとそうとも言い切れないように思う。

 

 症状が悪化するにつれメアリーの心は荒んでいったようだ。作中で終盤、ジェイムスが廊下を歩いているとかつて病室と妻と交わした会話の記憶がリフレインされる。メアリーは自分の容姿が病と薬の副作用で醜くなったことを嘆き、生きていても意味なんて無いと言って、ジェイムスに早くここから出て行けと当たり散らす。彼も最初は献身的に看病していたが、こうしたやり取りが繰り返されていくうちに病室への足は遠のいていったのだろう。一方で、ジェイムスが廊下に出て去った後、メアリーは泣きながら彼を呼びそばに居て欲しいとこぼしてもいる。長い闘病生活の中で、二人の心のすれ違いは次第に大きくなっていったのかもしれない。

 

 ジェイムスの内心には、辛く当たってくる妻を疎む気持ちと、同時に苦しむ彼女を哀れむ気持ちが混在していたのかもしれない。だから殺害に至る動機も、彼女への憎しみもあれば哀れみもあり、苦しんでいる妻を楽にしてやりたいという気持ちと、苦しんでいる妻を見続けるという自分自身の苦しみから逃れたいという気持ちがない交ぜになっていたのが、凶行に及んだ時の彼の心境ではなかったのだろうか。

 

 ジェイムスを自己中心的な人間と断じることも出来るが、ジェイムスは彼なりにメアリーを愛していたからこそ、彼女を殺したのではないかと思う。ただ彼が凶行に及んだ時点では二人の心の距離は遠く開いてしまっており彼女の真意を知ることが出来なかったために、彼は闘病中に彼女が心とは裏腹に発していた言葉を受け止めて彼女を殺してしまったのではないか。こうしたすれ違いが生まれてしまったのも、メアリーは死の恐怖を前に取り乱してしまう弱い女性であったが、彼女の弱さを受け止められなかったジェイムスもまた弱い人間であった故かもしれない。

 

 メアリーからの手紙の全文を読み彼女の真意を知った後、ジェイムスは幾通りかの行動を起こす。ゲーム内ではマルチエンディングとして描写される。「In Water」、「Leave」、「Maria」、「Rebirth」の4通りの分岐がある。「Maria」は少々特殊だが、その他の3つはいずれもメアリーを愛していたが故の結論と見ることが出来る。

 

 「In Water」エンドでは全てを理解したジェイムスは妻の亡骸を乗せ、車でトルーカ湖に飛び込み入水自殺する。これはメアリーを殺した時に最初からジェイムスは自分も死ぬつもりでいて、そのために二人の思い出の地であるサイレントヒルにやって来たところ、この土地の怪異に巻き込まれてしまったという訳である。全てを思い出した彼は、妻と共に天国へ行くために湖の底に心中する。

 このエンディングを見た後だと、物語の冒頭でジェイムスは車でサイレントヒル手前の駐車場までやって来るのだが、そのトランクには彼女の亡骸が入っていただろうことが推測できるし、これはほぼ公式見解になっている。

 悲しい結末だが、小説版や時系列で「2」の後のお話である「4」においては、このエンディングが正史とされている。今作のエンディングの中では最も自然な結末ではある。メアリーは手紙の最後に「(自分が死んだ後は)あなたはあなたの生きたいように生きてほしい」と書き残すが、その結果が妻の後を追うこととなってしまうのは、なんともやるせなさが残る。

 

 「Leave」エンドでは、メアリーの真意を汲んだジェイムスは死を思いとどまり、彼女が入院中に娘のように可愛がっていた少女ローラと共に町を出て行く。恐らく養子にでもして育てていくのだろう。ジェイムスは現実と自身の罪を受け入れた上で、愛する妻のために前を向いて生きていく決意をするという訳だ。

 妻殺しを隠し通せる訳ないとか、殺人犯なのにちゃんとローラを養育できるのかとか、突っ込みどころは無くもないが、一番すっきりと爽やかに終わるハッピーエンディングだ。どうせ創作のフィクションなので現実味が多少無くても構わない。

 このエンディングではジェイムスがメアリーの真意を受け止め、彼女と本当の意味で和解することが出来たということが分かる。「In Water」では死を選ぶことで妻への愛を示すのに対し、このエンディングではメアリーが愛を注いでいたローラと共に生きていくことで妻への愛を示す。手紙を残したメアリーが望んだのはこちらの方であったのは確かだろう。ここでローラという子供の存在はジェイムスにとっての希望の象徴であり、ローラと共に町を出て行くことで希望のある未来を予感させる。

 

 「Rebirth」エンドは、メアリーへの愛が良くない方向に歪んでしまう結末だ。サイレントヒルの不思議な力を利用してメアリーを復活させるために、ジェイムスは儀式具を持って彼女の亡骸と共に湖の先へと進んでいくのだが、まあ良い予感はしない。死者を復活させるという禁忌は必ず何らかの破滅的結果を被るだろう。「1」や「3」でも神様を降臨させたつもりで、その実悪魔のような何かだったので恐らく碌なことにはならないのが目に見える。そもそも自分が妻を殺してしまったという現実を受け入れずに妻を復活させようとしている時点で幸せな展望が見えるはずもない。このエンディングに辿り着いたジェイムスも妻を愛していたのは確かだろうが、行動を見る限りそれは一方的な思いでしかなかったということになるだろう。

 

 「Maria」エンドというのは少々特殊で、ジェイムスが現実を直視できず、サイレントヒルが見せる幻想の中で生きることを選んでしまうという結末だ。彼の心が壊れてしまった結末と言っても良いかもしれない。

 このエンドでは、ジェイムスは最終的に愛する妻メアリーではなく、自分が生み出した理想のメアリーであるマリアを選んでしまう。実際、ゲーム中でマリアを労るような行動を沢山起こすとこのエンディングになる。この分岐のみ最後にジェイムスに襲いかかってくるのがメアリーになる。メアリーはマリアという虚構の中に逃げ込んだジェイムスを許せず、ジェイムスはもう一度メアリーを殺して、マリアと共に生きることを選ぶ。マリアは作中でジェイムスにメアリーの殺害を思い出させるために何度も殺されるのだが、それでも現実を受け入れられなかったジェイムスが皮肉にも真実を思い出させようとしたマリアという虚構の中に逃避してしまうというのがこのエンディングだ。

 見方によっては、一番のバッドエンディングはこれだろう。勿論幸せな未来が待っているはずはなく、やっと一緒になれたのもつかの間、マリアはおもむろに咳き込み始める。まるで、かつてのメアリーのように。これは現実を否定して幻想に逃げ込んだところで、永遠に苦しみからは逃れられないということを示唆している。マリアはやがてメアリーのように発病し、看病の末ジェイムスはマリアを殺す。そして新たな幻想に逃げ込むことを繰り返すのだろう。ジェイムスにとっての現実からの逃避の象徴とも言えるマリアと共に町から出て行くということは、ジェイムスはこれからも延々と逃避し続けていくことを予感させる。

 かなり苦いエンディングだが、結末とするならこれが一番面白いとも思う。負の無限ループに陥ってしまう辺りが世にも奇妙な物語っぽい。またマリアという存在のことを考えてみると、完全なバッドエンディングとも言えない気もしてくる。

 

 マルチエンディングのお陰で、ジェイムスという男がメアリーに対して抱く感情は様々に見える。これがかえって複雑な彼の深層心理を表しているようで、結末がいくつもあるということが結果としてこの物語に深みを与えているように思う。

 

 

 

 

5.メアリーとマリア

 メアリー(Mary)とマリア(Maria)は、コインの表裏のように対照的な存在として描かれる。これはジェイムスが現実のメアリーに対して求めていた理想が投影されたのがマリアだと見れば腑に落ちる。メアリーは病を患ってからいつもベッドに伏せるようになり、苦しみのせいで次第に性格が荒んでいき、ジェイムスから見れば自分を拒絶するような態度まで示す。そしてその姿も病により醜く変わってしまう。対してマリアは、健康的で美しい容姿を持ち、開放的な性格であり、ジェイムスに好意を持って誘惑する。元気だった時のメアリーがどのような性格だったかは分からないが、マリアの言動にはジェイムスの理想の女性像が少なからず反映されていることは確かだろう。

 

 一方で、メアリーとマリアには共通する点もある。

 まず顔がそっくりなこと。これはメアリーの裏返しがマリアであることを意味しているが、加えてジェイムスはあくまでもメアリーを愛しており、完全な他の女性ということではなく「理想のメアリー」としてマリアを生み出したからだと解釈することもできる。

 また、マリアはメアリーの記憶を共有しているだろうということも作中では示唆される。マリアの抱く少女ローラやジェイムスに対する感情は、メアリーだけが知るものであり、ある牢屋でジェイムスと再会したマリアはメアリーのような口振りで彼との思い出を語る。これらはマリアがジェイムスの理想が投影された「メアリー」であるということを示唆していると言えないか。

 以上の点を踏まえると、マリアというのはその外見や言動こそジェイムスの理想が投影されているが、その実質はほとんどメアリーであり、マリアとは町の力で姿を変えたメアリーなのだと考えることも出来るし、私はそう思った方が腑に落ちる。

 

 マリアという存在は一体何なのか。ジェイムスの完全な空想の産物か、それとも町の力で生み出された実体か。

 

 完全版で追加された「最期の詩」というマリアの物語を踏まえて考えると、マリア自身にも意思があり、彼女はジェイムスの深層心理によって生み出され本能的に動いている怪物などとは明らかに違う存在であることが分かる。本編でジェイムスとマリアは最初公園で出会うが、その場所へはマリアが自らの意思で赴き、彼を待っていたことが「最期の詩」では明らかになる。またマリアはある屋敷で出会う男性との会話からジェイムスのことを思い出し、自分の存在が何なのかも理解しているような様子を見せる。

 

 「最期の詩」でマリアの物語が始まるのは時系列的にジェイムスがサイレントヒルに到着した頃とほぼ同じである。そしてマリアの容姿というのは、ジェイムスがその時に公衆トイレの中で見たヘブンスナイトという酒場の広告に載る踊り子が元となっている(よおく見ると、トイレの壁にはマリアによく似た女性の張り紙がある)ことからも、ジェイムスの意識が投影されてマリアが生まれたのは確かだろう。だが同時にマリアはジェイムスの知らない、メアリーにだけの記憶や感情も持ち合わせている。このことから、マリアには「ジェイムスの記憶の中のメアリー」だけではなく、「生前の現実のメアリー」自身も反映されていたと解釈できる。

 

 つまり、マリアは確かにサイレントヒルの力によって生まれたのだろうが、その存在はメアリーに会いたいと願うジェイムスの意思と、ジェイムスに会いたいと願うメアリーの意思の両方が投影されているものだと考えることが出来る。ジェイムスが妻を探し求めるように、メアリーもまた病室で夫が会いに来てくれることを待ちわびていた。そして作中の行動から、どちらかといえばマリアはメアリーの意思を優先して動いているように見える。ジェイムスに会いたい、彼に愛されたいと。

 

 このことから、私はマリアはメアリーがジェイムスに会うために生まれ変わった存在なのではないかと考えた。転生したという風に言ってもいいかもしれない。サイレントヒルの特殊な力がそれを可能にしたというわけだ。

 ジェイムスとメアリーの意思に支えられている限り、マリアは何度でも生き返る。そしてマリアは何度も死ぬのだが、これもまたジェイムスの罪悪感・自罰感情と、メアリーの彼に真実を気付かせたいという思いが混ざり合って表れた結果なのではないか。

 

 物語の最期でマリアは完全に消え、ジェイムスは本当のメアリーを受け入れ、メアリーは病床の姿のままジェイムスと語り合う。マリアはもう生き返ることはないだろう。ジェイムスにとっては理想のメアリーとしての、メアリーにとっては自分がジェイムスに愛されるための存在としてのマリアを、理解し合えた二人はもはや必要としないからだ。この時点で、マリアは再びメアリーに戻ったと考えることもできる。

 

 以上を踏まえると、「Maria」エンドというのは結局ジェイムスが本当のメアリーではなく、生まれ変わりとしてのマリアの方を愛してしまった結末なのだと言うこともできる。マリアに生まれ変わったメアリーは、ジェイムスに愛されるのならマリアとして生きていくのでも構わないと考え、ジェイムスと共に町を出て行こうとする訳だ。

 ジェイムス視点で見ると完全なバッドエンディングだが、マリア(メアリー)視点で見るとまた違った感想を抱く。

 ジェイムスは現実から目を背け、ありのままの自分を愛してはくれなかったが、それでも彼に愛されるのなら偽りの姿のままでもいいと思い、メアリーはマリアとしてずっとジェイムスと寄り添おうと決めたのかもしれない。しかし生前のメアリーの投影である以上病からは逃れられず、いずれ病が重くなればありのままのメアリーを拒絶したジェイムスからは再び疎まれ最期には殺されてしまうことだろう。そうなることはマリアとなったメアリーには十分予想できるだろうし、それを分かっていてもなお妻を殺してしまった罪悪感に苛まれて喪失状態になり「そばにいて欲しい」と言うジェイムスに寄り添うマリアのことを思うと、これが一番切ない結末に思えてくる。

 

 

6.愛、罪、罰

 本作でジェイムスが見ることになる悪夢は、メアリーへの愛と、彼女を殺してしまったことへの罪悪感によって生み出されたものだと言える。その悪夢は自分を許されない罪人と考えるジェイムスにとって罰として機能した。

 

  ジェイムスの罪の意識というのはメアリーを愛していたからこそ生まれたものだと考えると、処刑人や怪物の元となった自罰意識も愛する者を手に掛けてしまった自分を許せない思いから生まれたものだと言える。

 

 ただそのようにして受ける罰というのは苦痛からの逃避でしかなく、結局贖罪にはならない。ジェイムスが天国の妻に再び会うには、自分の犯した罪と真実に向き合う必要があった。そしてそれが出来たあかつきにはもはや他者からの罰は必要なくなり、ついに彼はメアリーへの愛を行動として示すわけだ。その後のいくつかの結末の違いは、メアリーへの愛と理解の深さの違いによるものだと考えてもいい。

 

 つらつらと考えてきたが、こうして振り返ると「サイレントヒル2」という物語は、ジェイムス、メアリー(マリア)達の愛の物語なのだと思えた。なので、私にとっては本作はホラーやミステリーというよりも、もの悲しいラブストーリーだと思うのだ。