【レビュー】映画「カンナさん大成功です!」あらすじと感想

約8年前に自分で書いて存在を忘れていたブログと記事二つを見つけ、改めて読んでみたところ割と面白かったので誤字のみ訂正しこちらに転載しておく。2012年9月24日執筆。 

 

 

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今回観たのは、「白鳥麗子でございます!」などの作品で有名な漫画家、鈴木由美子の作品を原作にした韓国映画。痛快なギャグによるテンポの良さと、女性心理の的確な描写による作風で人気を博する彼女だが、この作品も例に漏れず鈴木由美子ワールド全開となっている。(原作はまだ読んだことないので今度読んでみたい。)

 

  


 2006年公開。韓国での原題は「美女はつらいの( 미녀는 괴로워 )」、ちなみに英題は「200 Pounds Beauty」(笑)(200ポンド、つまり90kgの美女)。まんまである。

 

 あらすじとしては、歌は上手いが体重は90kgのおデブかつドブスのカンナが失恋ののち、今までの不幸から抜け出すため全身整形手術を経て絶世の美女となり、人生の転機を迎え、ブスだったころからの片思いの相手に再チャレンジするというものだ。人類が考えうる中では最高水準レベルの王道設定である。

 

 そういえば、何年か前に片瀬奈々主演でテレビ放送していたドラマ「ビバ山田バーバラ」を見たときえらく面白かった記憶があり、あれも調べてみると鈴木由美子原作だった。そして設定も今作と非常に似ている。個人的にはこういう設定は結構好きかもしれない。山田バーバラはもともとは美人だった中年ババアが、なぜか冷蔵庫に入ると20歳のころのぴちぴちな自分に戻るというトンでも設定であった。山田バーバラはかつては美人であったこと。対してカンナさんは一度も美を手に入れたことのない者が美を手に入れる話。「持っていた」者と「持たざる」者という点で対照的な2作を比較鑑賞してみるともしかしたら面白いかもしれない。

 

 映画の話に戻るとする。

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 主演はキム・アジュン。 上の画像の女性。モデル出身の女優で、実際の本名でもある名前の漢字は「亜中」。「アジアの中心」という意味で、韓国でも珍しい名前なのだとか。観てた限り、モデル出身だから演技下手とかいう印象は持たなかった。むしろ作中ではシンガーという設定もあり歌う場面も多いのだが、プロによる吹き替え前提で進められていた歌唱シーンが彼女の歌声があまりにも素晴らしく最終的にそのまま採用されてしまったという逸話からも、実力派であることがうかがえる。


 彼女は実質的に今作で一人二役のようなもの。前半の巨カンナ、後半の整形カンナ(女優自身はこちらが本来だが)を一人で演じている。


 これが整形前のカンナさん。

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(別に相手を捕食しようと窺っているシーンではない)

 

 彼女はデブな上にブス、そして相当に鈍くさいという、逆のベクトルで高水準なスペックを兼ね備えている。これで性格も悪かったら恋愛的には終わってたが、性格は非常に純粋で優しい(良かった)。そして彼女には一つの取り柄がある。

 「声」だ。彼女は素晴らしい歌声を持ち、人を癒し、幸せにするその声でテレクラだとかコーラス歌手だとかをやりながら生活をしている。


 歌が下手な人気歌手のゴーストシンガーもこなすほどの素晴らしい歌声は、レコード会社にとって無くてはならないものとなっていた。

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(スタイルは良いが歌えない人気歌手。ライブ時はもちろん口パク。)

 

 

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(裏方でカンナが映像に合わせて歌声を吹き替えている。)

  

 歌が下手すぎて声を吹き替えしてる歌手の代役が脚光を浴びる、という設定はたまに見る。人々はどこかでそういうもの(真に実力を持つものが認められること)を好むのかもしれない。

 ところで、現実の聴衆が、人気歌手の顔と歌声のどちらを重視してるのかを見れば、こうした設定もあながち突拍子もない滑稽話とも言えないのではないか。実際の音楽業界でも、ビジュアルに音楽性が追随しているものの割合の方が多い。歌手の顔にメスを入れるよりも、歌手の歌声をつまみをいじって変える方が簡単なのだから、それなら最初から歌がうまいよりかは顔がいい子の方がいいということだろう。歌声を修正するなんてのはとても簡単なことで、音響のプロたちに「土曜午後のカラオケボックスから出てきた素人女子高生をCDデビューさせろ」と言ったら、ヒットするかはおいといても、簡単に業界水準の歌声を作ることは出来るのだ。

 まぁ、コメディー映画だからそこまで深く考察すべきものでもないのだが、歌にも外見にもクオリティを求める聴衆の要求に、こうした形で応える作中のプロデューサーの姿勢を、正しいとも間違っているとも言い切ることはとても難しいように思う。


 このような、まさに縁の下の力持ち、日陰者のような役割を演じさせられていても決してカンナが卑屈にならない理由が、音楽プロデューサー・サンジュンへの恋心である。 

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 サンジュン(チェ・ジンモ)は歌えない歌手アミをプロデュースする敏腕プロデューサーで、カンナのあこがれの存在である。

 最初は、いかにもラブコメ的正統派イケメンをキャストに持ってきたなぁという印象だったが、実はこのプロデューサー、ラブコメの王子様役にしては結構性根が腐っている。見かけ上はカンナに優しく接し、カンナもその優しさに惚れてしまっているのだが、その内心は自分とアミのためにカンナをうまく利用することしか考えていない。作中でも途中でその内心を知ってしまったカンナは自殺を決意する。 ラブコメものの男側の主人公はファーファで洗った純白タオルのようなイケメンという先入観が勝手にあったのだが、今回の彼は良い意味で期待を裏切った。むしろ敏腕らしくドライな性格で現実味があるともいえる。ちなみにサンジュンを演じたチェ・ジンモ。30代前半まで中々一級評価を得なかったそうだが、今作でブレイクしたそうである。下衆王子万歳。


 不幸のどん底に落とされ、遂には自殺を決意してしまうカンナさん。部屋の窓の隙間をガムテープで塞ぎ、おもむろにガス栓を開放し、静かに瞳を閉じる。

 まぁここでそのまま終わらせて、悲劇のデブスの純愛ショートフィルムにしても良かったのであるが、そうした結果興行失敗して監督自身がガス栓を開ける羽目にならぬよう、旅立とうとするカンナにある一本の電話が入る。


 テレクラの客である。この期に及んでだ。「ロマンティックに死なせろ。」そう思わずにはいられないカンナだったが、その時ふと思いつく。実はこのテレクラの常連客、美容整形外科の(看護師プレイが好きな)院長なのである。

一度死ぬ決意をしたカンナにもう恐れるものは何もなかった。最後のチャンスをと、テレクラの録音声を携えて半ば脅迫的に整形を頼みに行くカンナ。全額後払いという驚愕の手術懇願に、院長も最初は拒否するも、最後には情を動かされ、カンナの全身整形手術を敢行する。

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(別に豚の屠殺場の部位別解体作業シーンではない。)

 


 もういろいろ抜いて、いろいろ入れて、切って切ってきりまくる。そんなゴアなシーンは挿入されてないが、90kgの巨体を無理やりスタイル抜群美女にするのだ。院長も心なしか不安げだ。これは前代未聞の困難に挑む者の眼である。

 手術は確かにするのだが、やはりそれだけではだめで、カンナは病院に入院して、顔に包帯を巻きながらひたすらダイエットに励む。入院で家をしばらく離れるため、大事な飼い犬も手放し、友人にも仕事場にも連絡せず一人消息を絶ってしまう。自分を作り替えることへの相当な覚悟と苦労が垣間見えるシーン。


 それからしばらく経ち、手術の後も完全に消えたころ、ついにカンナはその顔の包帯を院長にほどかれる。

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   そして鏡にあったのは、美しく生まれ変わった自分であった。いやこれを自分の顔といえるのだろうか?困惑しながら嬉しさに涙を流すカンナ。「泣いている顔もきれい。」泣きながらもこんなことを呟くカンナは、信じられない目の前の奇跡に、顎を外しながらも院長への感謝を述べたのであった。

 

  ここからカンナさんの新しい人生が始まる。

 

 とはいっても、「ガワ」が変わっても中身は昔と何も変わらない。突然美女として生まれ変わってしまったカンナさんは、生まれつきの美女と違い、美女としての振る舞い方を知らないのだ。だから当然、自分が美女であることに対する他者の反応も知らない。さて、ここら辺がこの手の設定を持つ物語の肝であり、監督の腕の見せ所である。この点、今作でも完璧に王道な演出で楽しませてくれる。

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 車をぶつけてしまったカンナさん。 追突されたタクシーから降りてきた自称重症運転手は、相手の顔も見ずにまくしたてるほどの怒り心頭状態。

 

「こんなにぶつけやがって!ったくどうしてくれるん・・・」

 

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 「あの、ごめんなさい…。」

 

 

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 「・・・。お怪我はありませんか御嬢さん?」


 男に会うたびこんな具合である。駆けつけた警官は勝手にタクシードライバーの全過失にする始末。男はいつの世も美女に弱い。タクシーの乗客のおばちゃんも呆れ顔。

 

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車屋のディーラーから言われた言葉をルームミラーを見ながら復唱するカンナ。有頂天とはまさにこの時の彼女の為に作られた言葉である。ちなみにセールストークに乗せられて50万ウォン(4~5万円)のポンコツを掴まされる。)

 

 整形して生まれ変わったことで嬉しくて、思わずナース服を拝借して街へ飛び出すカンナさん。かつてから一度着てみたいと憧れていた服のショーケースの前でふと足を止める。 

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  もう自分が持っていた服はサイズが合わないし、このナース服で歩いてるのもちょっとどうか・・・。そんなカンナがついに憧れだったワンピースを購入する。このシーンが個人的には一番好きだ。


 一度も着たことのないようなお洒落で派手なワンピースを纏ってやや人目を気にするカンナだが、「私はこのワンピースを着こなせる美女になったのよ!」と言わんばかりに慣れないモデル歩き(役者は現役モデルなのでわざと下手くそに)で街中を闊歩する。カンナの、外見の変化に戸惑いながらも何とか内心でも自身の新しい外観について行こうとしている心境がよく見える印象的なシーンだ。

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(この何とも言えない嬉し泣き顔がこの映画で一番好きな表情)

 

 

 

[雑感]


 主にここまでが映画の前半30分くらいまでの構成で、ここから生まれ変わったカンナとプロデューサー・サンジュン、友人、父親などとの物語が繰り広げられていく。

 

映画全体の長さとしては、2時間弱。物足りないとも思わず、ダレさせもせずと言った具合だった。

コメディものはメリハリが大事なので、つい駆け足の展開となりがちであるが、今作ではそういった目まぐるしさも特に見られず、視聴者が常に現在の物語の状況、登場人物の立ち位置を把握しながら見ていける程度には余裕のある作りだった。登場人物が程よい人数だったのも良かった。


 クライマックスにはちゃんと伝統的ラブコメを踏襲したどん底からの万事解決ハッピーエンドが用意されているので 、安心して気軽に見ることも出来る。個人的にはスタッフロールの最後の真のオチにニヤッとした。

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 漫画原作の本作だが、原作の内容からは相当に脚本が書き換えられているらしい。設定の骨組み以外はほぼリフォームした理由は、やはり漫画の映画化は下手すれば駄作ファンムービーになりがちであるということだろう。原作全てを2時間で再現するのは相当に難しいし、漫画表現では効果的でも映像表現ではそうでないものもある。原作を置きながら大きく脚色しオリジナリティの高い作品にするのは批判を受けるリスクが高いが、本作はそれでも映画としての完成度を優先したのだろう。

 原作を抜きにして、独立の娯楽映画として見たとき、本作は非常によくまとまった、笑いあり、涙あり、そしてほどよいメッセージ性のある良質な映画であると言える。

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 整形による外見の美化は、それ自体が目的なのではなく内面や才能をより正当に認めてもらうための手段でしかない。 一番大切なことは自分自身を認めてあげること。美や富を求めがちな我々に、本作は逆説を以ってしてもっと大事なものを教えてくれているようだ。子気味良いユーモアやほんのちょっとの涙をスパイスに。


 整形大国といわれる韓国から、日本原作とはいえこのような作品が出たこと、そしてヒットしたことは必然であったのかもしれないし、韓国の人々だけでなく万人が共感することのできるメッセージを盛り込むことに成功した本作は、一見内向的・自虐的映画に見えて、実は相当に「ポピュラー」な映画であった。


 笑いが欲しい時も、感動が欲しいときも、そして大事なものが見えずらくなった時、そんな時につまみたくなるだろうチョコレートのような映画。


お勧めです。

 

最後に、カンナの父親が言うある言葉は、本作に監督が込めたメッセージをもっとも的確に表しているものだった。ここでは敢えて紹介しない。実際に視聴することで監督の思いを感じ取ってもらいたい。

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