【レビュー】映画「サイレントヒル」(2) 灰の向こうより、「母」を探し続けた娘

映画版サイレントヒルについて、第二回です。前回はこちら
 今回は裏世界についてと、アレッサについて。
 

 

4.今作の裏世界
 裏世界と便宜的に言いますが、これはローズたちが迷い込んだサイレントヒル世界全体を指すものとします。表世界と言うときはクリーチャーが出ない状態の裏世界ということでお願いします。
 
 作品の演出を見るに、今回の裏世界というのは現実世界と同じ座標上にあるが次元が違う世界であると推測できます。いわゆる異次元というやつです。父親役のショーン・ビーンがローズと同じ場所に居るのにお互いを認識できないというシーンがそれを分かりやすく表しています。ローズの残り香をふっと感じるのは、次元間のわずかな重なり、交わりのようなものがあるのでしょう。旦那ショーンが匂いフェチなのか、ローズがきっつい香水を付けているのか。私は万年鼻炎気味なのでローズを見つけられそうにありません。
 
 今作に関しては、アレッサが異次元を作り出して自分を酷い目に遭わせた人間達をその次元に引きずり込んだというお話です。その連中とは、自分を火あぶりにしたクリスタベラ率いる狂信者達、学校でいじめた子供達、ロリコン清掃員コリン、のぞき魔看護婦リサ、自分を見捨てた母親ダリアあたりですね。ダリアだけは実の母親と言うことで愛憎入り交じった感情があることが、作中の描写からも分かります。
 
 サイレントヒルが炭鉱火災によって大火に見舞われたとき多くの死者が出たようですが、遺体が見つからない者が大勢居たということです。この時に、アレッサが憎たらしい人間達を裏世界に連れて行ったと考えられます。生きたまま連れて行ったのか、死んだ後の魂を連れていったのかは微妙なところですね。信者達は腹も減るようだし、怪物に殺されるし生きているようにも見えます。しかし裏世界というのが現実と同じような物質世界なのかは怪しいところで、My解釈ではアレッサが狂信者たちを苦しめるために生きているような錯覚を与えているか、狂信者達がまだ生きていると”思い込んで”いるかのどちらかであると考えています。30年経ってる割には若者も居たりして色々とおかしいので、少なくとも時間が止まった世界であり、彼らはそれすら自覚できていないのかもしれません。ダリアだけは薄々気付いている様子ですね、罪のせいで地獄に落ちたのだと考えているように見えます。
 
 ちなみに裏世界と表世界を行ったり来たりするという描写について、ゲーム版の考察では人間の睡眠周期が関係しているのではと言われています。レム・ノンレム睡眠という言葉を聞いたことがあるでしょうか。 簡単に言えばレムは浅い睡眠、ノンレムは深い睡眠です。人の睡眠というのはレム・ノンレム睡眠が何度か交互にやって来て、人はレム睡眠、浅い睡眠の時に脳が活発化し夢を見ています。つまりサイレントヒルの地獄のような世界はアレッサの悪夢の具現化であり、アレッサがレム睡眠に入った時にクリーチャーなどが活発化する地獄のような血と錆の世界が顕現し、ノンレム睡眠に変わると寂しい霧の世界に変わるという解釈です。映画の演出を観るとちょっと齟齬が出るように思えますが、中々説得力のある面白い解釈ですね。
 
 裏世界に引きずり込まれた人々は人の形を保っている者もあれば、怪物に成り果てているものも居ます。冒頭で出てくる子供の怪物達、内から燃え続ける炭鉱の具現化のような、凄く苦しそうな姿の彼らはいじめっ子たちのなれの果てですね。ロリコンコリンは縛りプレイ状態ですが、あれは逃げられない密室で暴行されたアレッサの意趣返しでしょう、のぞき魔リサは目潰しされて、セクシーナースは・・・あれはファンサービスじゃないのとは思いますが、何とか解釈すると醜い姿となったアレッサが他人の好奇の目にさらされることを嫌がった=看護婦達の目(視覚)を潰したと考えることもできなくもないですが、多分ナースやライイングフィギュア、三角頭などに関してはアレッサが作り出したクリーチャーであると思います。こうして見ると、採用はほとんど2のクリーチャーですね。2はデザイン良いですからね。
 
 シャロン、ローズ、シビルの3人に関してはアレッサを解放するために招き入れられたのでしょう。シビルは母親でも無いのになんで?となりますが、シビルは女性であること、そして作中の刑事の話から分かるように、子供を命がけで守る優しさを持っていることが理由では無いかと思います。つまりシビルは独身女性ではあるが、彼女にもある種の母性があるんですね。それがアレッサの気を引き、ローズやシャロンのサポート役として彼女も引き入れたのではないかと考えられますね。ゲームに出てたからでしょ、とか言ったらおしまいです。とはいえ、もしシビルがヒゲの保安官だったら、アレッサはほぼ間違いなく道路にほったらかしにしていたと思います。シビルは本当に運が悪い。
 
 ちょっと一つだけ疑問なのは、鳥さん達は何故居るのか。何かアレッサの恨みを買ったんでしょうか。フンを頭に落とされたとか?
 
 
 
5.アレッサは本当に魔女?それともえん罪?
 劇中、クリスタベラとその信徒たちはアレッサを悪魔憑き、魔女と決めつけ火あぶりにかけて殺そうとします。アレッサは火あぶりにかけられる前にも散々ないじめに遭い、母ダリアと共に孤立状態にありました。
 
 これ、少し考えてみるとかなり不自然です。ダリアはカルトの指導的立場のクリスタベラの妹なんですね、その娘を普通いじめますか?信徒の親ならゴマを擦るため「学校でアレッサちゃんには親切になさい!」って口を酸っぱくして言うはずです。幹部親族の娘なんてそうそう手は出せないはず。つまりはアレッサ(及びダリア)いじめはクリスタベラの黙認・先導がなければ絶対発生しないはずで、ダリアに娘を差し出させるためにクリスタベラが裏で手を引いていた可能性が非常に高いわけです。畜生ですね。
 ではクリスタベラはなぜアレッサとダリアを目の敵にしていたかというと、ダリアがアレッサを「処女懐胎」して生んだからだと推測できるわけです。劇中ではアレッサの父親が分かりません。クリスタベラはダリアに「父親を教えなさい」と言うんですが、ダリアは答えません。ダリアがどこかで行きずりの関係を持ち妊娠したと言うことも考えられますが、実際にアレッサが異次元を生み出すほどの能力をもっていたことから処女懐胎したと考えた方が脚本上自然と言えます。
 
 処女懐胎というのはマリアがイエスを生んだあれですね。キリスト教では処女懐胎で生まれた子というのはつまり「神の子」なわけです。そうすると、アレッサは魔女どころか神の子である可能性があるわけです。クリスタベラが元から妹を嫌いだったのかまでは分かりませんが、自分の妹が神の子を授かったかもしれないと知った時の彼女はその現実を拒絶したのだろうと容易に推測できます。あの狂信的なところを見ると自分こそが神の祝福に授かると思っていても不思議でない、妹ダリアへの猛烈な嫉妬心が沸き起こったでしょう、また信者をがやがや引き連れて権力欲強そうなので、妹が聖母マリア的な存在に成れば自分の地位はがた落ちでこれまた一大事。妹が神の子を授かったという事実を否定するために、クリスタベラはアレッサに魔女の烙印を押してこの世から消し去ろうとしたと言うことが想像できます。
 
 そうすると、自ら信ずる神の御子を火あぶりにかけたクリスタベラ達はとんでもない大罪を犯したわけで、許されるはずはありません。地獄行き安定です。クリスタベラと信者達は、人道に照らしても、彼ら自身の信仰に照らしてもまったく救いが無いわけで、あんな目に遭うのも致し方ないところです。
 
 作中後半でローズは「あんた達は辺獄(Limbo)に居んのよ!ここには神も仏もないんだよ、バーカ!」と狂信者達に言い放つのですが、ここはちょっと疑問なところで、キリスト教徒でも無い私が言うのもなんですが、脚本家が誤用してるのではないかと思うんですね。というのは、辺獄(Limbo)というのはキリスト教の宗教用語で、天国でも地獄でもない死後の世界を表すと言う点ではまあ合っているんですが、そこは即地獄行きになるほどではない小さな罪を犯した者が行き着く場所であり、キリストに許されれば天国に行ける。だから辺獄で罪を清めれば神のおわす天国へ昇れるという点で救いがあるわけです。でもこのカルト連中は神様の子どもを焼き殺そうとしてしまった訳で、辺獄でゴシゴシと何度洗いしようが罪を浄化なんてとても出来なさそうな愚か者達であり、残念ながら苦しんだ挙げ句地獄へ行くか魂ごと消え去るかというのが関の山なわけで、やはりアレッサの裏世界は辺獄などと言う生易しいものではないだろうと思う次第です。
 
 ちなみに辺獄と似た概念で「煉獄(れんごく)」というのもあります。こちらは天国行きは保証されているものの、まだちょっと(生前犯した罪などにより)汚れている人々が天国に行くために罪を浄化する場所です。私がサイレントヒル2の記事サブタイトルに煉獄を用いたのは、上の意味に沿った意図で、ジェイムスは罪人ではあるが悪人ではなく、まだ天国に行けるかどうかの分岐点に居る存在としてサイレントヒルという煉獄に足を踏み入れているという解釈です。罪を浄化できたジェイムスはローラと一緒に町を去り(自殺の是非は置いとくとして、Waterエンドもギリギリ天国コースかな?と思います)、罪から目を逸らしたジェイムスは幻想のマリアや死んだ妻の復活へ逃避し、永遠に煉獄を彷徨うか地獄行きとなるわけです。2では、煉獄のジェイムスが天国へ行けるかどうかがプレイヤーの手にかかっているというわけですね。
 
 というわけで、アレッサは魔女どころか、神の子、下手したら神様の生まれ変わりかもしれない存在となります。幸せな人生を歩んで大人になれば預言者か何かに成って、あの力で平和な理想世界とかを作れたかもしれなかった、人類の救済者となるかもしれなかったわけです。しかし結果的に苦しみと憎しみのせいで歪んだ世界の神となってしまった哀しい少女なんですね。何とも切ないお話。
 
 
 
 今回はこの辺りで。次は少し細かい演出のメタファーについて。次回はこちら